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新時代家族~分断のはざまをつなぐ新たなキズナ~ 第3回 第三章

第三章 友達と
「キヨタカさん、起床の時間です」アイコの声でキヨタカは目を覚ます。
「キヨタカ、おはよう。もう朝ごはんできてるぞ」
 リビングに行くと、父が良いところに来たと言わんばかりの顔をして声をかけてきた。
(朝からなんだよ、都合の悪いことでもあったのか)と思いながらも「おはよう」と一言言ってキヨタカは席についた。
「さて、今日のニュースはっと」
 朝食を口にしながらキヨタカはおもむろに新聞紙を広げた。
「また紙の新聞読んでるのか」
 毎朝、アイコのニュースダイジェストを聞いているケンスケはそう言う。
「この紙の質感がいいんだよ。質感が」
 まるで違いの分かる男とでも言いたそうな顔だ。
平成、いや、昭和の時代の資料でも見たのだろうか。
誰の影響かは分からないが、最近キヨタカは昔の文化に敢えて触れ、楽しむことがマイブームとなっている。
「ハンカチは持ちましたか?忘れ物はありませんか?今日はお昼から寒くなるので一枚羽織っていった方がいいですよ?」家を出ようとするキヨタカにアイコが尋ねる。
「相変わらずお節介だなぁ、大丈夫、いま着てるジャケットが自動で温度調節してくれるから。ハンカチも持ったし」
 キヨタカはアイコの世話焼きにも慣れた様子で答えた。
「キヨタカさん、今日は学校でプログラミング大会 」
「じゃ、行ってきます!」
アイコが話しかけるのをあえて遮るように言いながら、靴のかかとを潰しながら駆け足で家を出た。
 キヨタカの学校は家から歩いて一五分ほど。
大人たちが会社に行かない選択をするようになったことに呼応するように、
最近では学校に毎日登校しない子どもたちも少しずつ現れ、社会的にも許容されるようになってきている。
登校しないことに反対する人たちもいるが、教室内に自身のホログラムを登場させれば、実際に登校しているかのようにコミュニケーションを取ることもできる。
こうした仕組みが導入されたことで、昔だったら会うことのなかったかもしれない同学年の子どもたちとも交流の輪が広がってきている。
 しかし、いくら便利になっても、キヨタカは学校に行くのをやめない気がしている。
何度かバーチャル登校を試したことはあるが、「学校に行く」という行為により勉強のスイッチが入るタイプらしく、バーチャル登校をした日はいまいち授業に集中できなかった。
その様子を見て、サトミが「お父さんの遺伝ね」と笑っていたのをキヨタカは覚えている。
 キヨタカが校門の手前あたりにまで来た頃、ミチヲの姿が見えた。同じ学年の男の子で、キヨタカの親友だ。
「おう!いよいよ、今日だな!お前に勝つためにめちゃくちゃ準備してきたんだぜ。絶対負けないからな!」
 ミチヲに駆け寄ると噛みつくように言い放ったが、ミチヲの表情は、朝の光に照らされながら一層自信に満ちていように見える。
「ふふふ、おはよう。今回も勝ちを譲るつもりはないよ」
 今日は校内で開かれるプログラミング大会。
プログラミングが小学校で必修となって二十年近くが経ち、幅広い世代にもプログラミングが浸透してきた。
高齢世代でも、地域のサポーター制度を活用して積極的にプログラミングを学ぶ人が増え、
プログラム開発ソフトを使って自分の使いたいアプリが作れる「誰でもプログラマー」の時代だ。
 ミチヲはほとんどの勉強において他の生徒に遅れをとっているが、プログラミングにおいては類い希なる才能を有していた。
キヨタカはいわゆる秀才タイプで、勉強においても常に学年一位の成績を誇っていた。
そんなキヨタカでもプログラミングについてはミチヲに対し勝利を収めたことは一度もなかった。
プログラミング大会はミチヲに挑戦する、待ちに待った機会なのだ。
 教室に入り着席するなり、
「ハイ、トム。今日もよろしくね」
キヨタカが、専用の学習補助用AIを呼び出すと、端末の隅に人の顔のアイコンが映し出された。
トムというのは、パーソナル TA(Teaching Assistant)の愛称である。
社会、理科、プログラミングの授業が増え、算数、国語、英語も難しくなった三年生からは、パーソナルTAが各生徒に与えられ、
生徒の習熟度合いに応じた、きめ細かな学習補助が実現されている。
例えば、社会の勉強で理解が追いついていないところがあれば、トムが、VRシステムを使って、世界の地形や過去の風景などを体感させてくれる。
トムは、キヨタカの先生であり、コンシェルジュのような存在でもある。
 キヨタカのようにパーソナルTAと今日の大会について打ち合わせる者、
和気藹々と雑談を交わしリラックスする者、遅刻ギリギリで駆け込んできて息を整えている者。
チャイムが鳴ったと同時に入室してきた先生が言葉を発すると、朝の教室は若干の緊張を帯びる。
「はーいみんなおはよう。早速だけど、今日のプログラミング大会について説明はじめるぞー」
 ひそひそ声の雑談がまだ聞こえる、喧噪の余韻の残る教室ではあったが、
キヨタカの目線は睨み付けるかのように先生一直線で、ちょっかいを出そうとしたクラスメートも躊躇うほどだ。
「今日の大会については、前にも説明したとおり、みんなには色々なプログラムパッケージを使って、独自のアプリを作ってもらう。
その結果については、作成したプログラム自体の質を競う『技能評価』と完成したアプリを使った感動・面白さを競う
『相互評価』の点数の合計でランキングにするぞー。みんながんばるように」
 プログラミング大会は、年に一回地元大手AIロボットメーカーが将来の技術者の育成を目的に開催している。
キヨタカの通う学校ではこれに全校をあげて参加している。
このメーカーは、AI技術、ロボット技術を関する幅広い事業を手掛ける一大企業で、
一〇年ほど前からは、農業分野に進出し、農場・牧場の運営に係る自動化システムの導入について注目を集めていた。
 三か月ほど前に、社会科見学でこのメーカーの最新技術を導入した農場に行った際のこと。
「皆さん、これが『全自動農村』です。我々の最先端のAI技術とロボット技術を駆使して、ほとんどすべての作業の機械化を実現しています」
「農業は、第一次産業といって、歴史がとても長い生業なんだ。時代とともに第一次産業に従事する人は減って後継ぎ不足が深刻になったけれど、こうしてテクノロジーで解消されたんだぞ」
 担当者に続いて先生も申し訳程度に説明するが、眼前に広がる光景にみんな心を奪われている。
キヨタカやミチヲも例外ではない。
「おいおいおい、まじかよすげぇなミチヲ」
「おう、聞いたことはあったけど、ほんとに全自動だ」二人は圧倒された。
 キヨタカたちが見学したものだけでも、肥料散布用ドローンの散布量や飛行ルートをAIを使って最適化したり、
個々の作物の成熟度合にあわせた管理、自動農機による耕耘や収穫のほか、細かい作業もロボットが行う。
地域の産業がひとつ丸ごと自動で行われている。
学校で話は聞いていたが、規模の大きさを肌で感じることで印象は変わった。
見学だけでなく、農薬散布ドローンの飛行プログラムを最適化する体験も行い、それ以来、キヨタカにとって全自動農場のような大規模なAIシステムを作ることは憧れになった。
 なんでも、三年前には生徒が授業で作ったアプリのアイデアが企業に採用され、そのアイデアをベースにサービス化されたという噂もある。
(俺のアプリも、その先輩みたいに企業に採用されたりしないかな、なんてな)
 自信があるからこそ期待せずにはいられない。
ミチヲに勝利し、なおかつ、大人も認めるアイデアを出したとなれば、自分はどれだけ大きな賞賛を受けるだろうか。
大会が今にも始まろうとするとき、キヨタカはにやけた顔をしていた。
 作業開始を告げるブザーが鳴った。
作業にとりかかる前に、今日やるべきことを頭の中で整理した。
セキュリティチェックは絶対に忘れないこと、と特に言い聞かせ作業を開始した。
 午前一一時、作業時間終了を知らせるブザーが鳴る。
やれることはやったとキヨタカは思った。
続いて相互評価の時間。あとはこのアプリをみんながどう感じるかだ。
「みんな、アップロードはできたか。では、相互評価に移るぞ。評価はあくまでみんなが行う。
 それぞれの目に止まったアプリを端末にダウンロードして体験してみよう。
 体験を通して感じた心の躍動、感心を、端末が感知・数値化し、評価の基準となる点数『いいね値』として加算される。
 最終的には、AIが評価する技能評価の点数とこの相互評価による『いいね値』の合計が最も多い人が今年度の優勝者だ。簡単だろ?」
 人間の心の動きを脳波から感知する技術は現代では広く使われている。「体は正直」とはよく言ったものだ。
「それじゃあ評価の時間は一時間、開始!」
 キヨタカも早速、ミチヲが作成したアプリをダウンロードし、プレイしつつプログラムのコードを確認してみる。
「すごい。さすがだな」思わずキヨタカの口から感嘆の声が漏れた。
(俺のアプリで、勝てるだろうか…)
 自分の作ったものはこれ以上のものだっただろうか。
一年間ミチヲに勝つために準備を進めてきた、それでも不安にならざるを得なかった。
それほどまでにミチヲのアプリが優れているものであると感じられた。
まさにキヨタカが負けを意識したとき教室の前方にランキングボードが表示された。
まずはプログラムがちゃんと動くのか、また、どれだけ実用的なプログラムになっているかをAIが評価する技術評価の結果だ。
一位はミチヲ。キヨタカは次いで二位。
そして、相互評価はまだ進行中で、リアルタイムで数値が変わっていく。
現在はミチヲが一位だが、二人の「いいね値」は僅差で競っている。
技能評価では負けたが、「いいね値」の結果次第では逆転もある。最後まで結果は分からない。
(頼む。頼む)
 祈るような心持ちで、残りの時間、他の生徒が作成したゲームを触れた。
しかし、結局、ミチヲとキヨタカの得点差が縮まることはなかった。
(また負けた。)
 今度こそ、と強く思い続けてきたキヨタカにとってこの結果はなかなかに応えるものだった。
 すっかり落胆してしまったキヨタカはひっそりと家路についた。
「ただいま」
 キヨタカは誰にも気付かれないよう、自室に向かおうとした。が、玄関で靴を脱ぎ、顔を上げるとアイコがいた。
「おかえりなさい、キヨタカさん」
 アイコからプログラミング大会のことを聞かれる前にその場を去りたかった。
「どうしたのですか。体の調子が悪いというわけではなさそうですね」
 ウェアラブルデバイスによってリアルタイムでキヨタカのバイタルデータを把握でき、
平常時のキヨタカの声の調子、表情をデータとして認識しているアイコにはキヨタカが落ち込んでいることが分かってしまう。
「大丈夫、大丈夫だから」
と、キヨタカが自室に足を向けた次の瞬間、背後からアイコが優しく抱きしめてきた。
 キヨタカは、はっと驚いて体を強張らせた。
しかし、すぐに堪えていたものが溢れだし、目からは大粒の涙が流れた。
「くそっ、うぅ うぅぅ 」
 本当は誰かに慰められたかったのかキヨタカには分からなかったが、その時だけはただ、アイコの配慮に甘えることにした。
 一頻り泣いた後、キヨタカはアイコに礼を言い、自室に戻った。
「はぁ 今日は散々だったな」
「コンコン」
少し経って、部屋のドアがノックされる。
「はいぃ!」
 ノックの音に驚き、キヨタカは思わず声が裏返ってしまった。ノックの犯人はアイコだった。
「アイコ! ど、どうした?」
「キヨタカさん、夕食ができました。それと」キヨタカに向かってアイコは続ける。
「私は、キヨタカさんにとって『お姉さん』になれていますか?」
 アイコの口から発された言葉はキヨタカの想像だにしないものだった。
「へ。お姉さん?なんだそれ…。そんなの知らないよ!もう出て行って!」
 キヨタカはそう言い放ち、アイコを部屋から追い出した。突然「お姉さん」って、なんなんだよ。
 その後、今度はサトミが呼びに来て、キヨタカは渋々ダイニングへ向かった。
始めは気まずく感じていたキヨタカであったが、ケンスケとハルカの相変わらずのペースに乗せられ、気付けばいつもの食卓となっていた。
 その晩、明日の学校の準備をしていたキヨタカは、
学校から配信されている情報を基にアイコがまとめたスケジュールを見て、ディベートのテストがあることを思い出した。
「あぁ、いけない。ディベートの題材を頭に入れておかないと」
 ディベートのテストは、立論と相手チームへの質問を限られた時間で検討し、ディベートを行い、AIが公平に評価を下す。
「明日のテーマは『猫型ロボットは少年にとって家族か』だったよな。明日の議論のために必須の知識だけは復習しておくか」キヨタカはおもむろにある機械を取り出した。
ヘッドギアとヘッドホンが一体化したような形状のその機械の名は「ぐっすり学習」。
その名のとおり、寝る前に頭に入れたい事柄のテキストデータ又は音声データをセットしておくことで、
睡眠時の脳波の状態を測りながら、寝ていても脳が外部の情報を受け取りやすい状態のときを見極めて、音声で情報をインプットしてくれるという代物である。
キヨタカも時間に余裕があるときは、「ぐっすり学習」を使わず、寝るときは寝て起きてから勉強することを心がけているのだが、今回のようにいざというときには重宝する優れものだ。
「昔は、勉強が追いつかないときは徹夜している生徒もいたというから驚きだよなぁ。
 睡眠時間を削っても何もいいことないのに」
 などとつぶやきながらキヨタカは端末から明日の題材となる昔の名作漫画のデータを「ぐっすり学習」にインポートし、機械を頭部にセットする。
テストの準備もこれで万端。そのまま意気揚々とベッドに潜り、眠りにつこうとした。
 三十分経っただろうか、眠れない。キヨタカの頭が今日のアイコの言動を繰り返す。
「『お姉さんになれていますか?』ってなんなんだ。なんでアイコが俺のお姉さんになろうとするのか理解できないっての。
 いや、待て待て。なんで俺はそもそもこんなにムキになっているんだ?何なんだ、この気持ち…。まさか…」
 堂々巡りしていたキヨタカの思考が一瞬停止した。まさか。まさか、ということは、可能性に行き当たったということだ。
「まさかとは思うが、俺、アイコのこと好きになっちゃった…のか?
 でも、それってどうなんだ?ヒトとロボットの恋愛って許されるのか?ダメだダメだ!こんなこと悶々と考えていたら『ぐっすり学習』が動いてくれないじゃないか。
 あの機械、睡眠していないと動いてくれないし。いや、でも愛っていうものは 」
 その晩は、思考の堂々巡りをしているうちに、気付けば眠りに落ちていたのだった。

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