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新時代家族~分断のはざまをつなぐ新たなキズナ~ 第1回 序章~第一章

序章
 この仕事をしていると、ごくたまに、青く光る目の中に飛び込んで中を探検してみたいと思うことがある。
 子供のころに海中水族館に連れて行ってもらったとき、丸い窓に手と顔をべたーっとはり付けて外の海を眺めていた感覚と似ている。
 太陽の光に反射して銀色に輝く魚たち、彩り豊かな珊瑚礁。それに、自分がまだ知らない生物がいると思うと好奇心をかき立てられるという気持ち。
 でも、私の目の前にある「青いもの」はもちろん海ではない。
しかし、海と同等、いや、それよりもずっと広大で、秘めたる可能性を持っていて、人には理解し得ないであろう進化を続けている。
それも海の生物の種類が増えることや、海底の形が変わっていくよりも遙かに早く。
 いったい、「彼ら」はどこに行くのだろう。何をするのだろう。ある程度予想はできるが、それが限界では決してないだろう。
 なんだか、ちょっと笑ってしまう。
 人は自分で水槽を作って魚を泳がせ始めたにも関わらず、今ではその底が見えなくなっているんじゃないかと。
 魚の絵が描かれたマグカップのコーヒーを飲み干し、軽く水で濯ぐと、再びドリンクサーバーのカップホルダーに置く。
 ちょっと迷った後、緑茶のボタンを押した。
 「多機能対話型学習AIロボット」の製造には、人間による起動テストと会話テストが必須の工程とされている。
どこかの役所がそういうことにしたらしい。
ロボ工場の従業員にしてみれば、その役所の下請けが作ったらしい試験要領に沿って淡々と作業を進めるのみだ。
 仕事と割り切ってはいるけど、こんなに便利なロボットとAIなんだから、会話テストだってAIとやればいいのにと、ぶつ ぶつと呟く。
少なくとも、この道数十年のプロというわけでもない普通の人間よりは正確かつ早くテストが終わりそうなものだ。 仕切りのガラスにはテストの進捗がリアルタイムで表示されている。
その向こう側には、高齢だがまだ健康そうな男性が腰掛けていて、お茶を飲みながら開発部から回されたAIロボットの製造指示を眺めている。
思えば、数年前までは自動走行車工場の生産ラインロボだとか、スーパーマーケットの商品補充ロボだとか、
いわゆる工業・商業用がほとんどだったが、ここ最近は一般家庭用の家事全般ができる人型の多機能ロボの生産が増えている。
とうとうAIロボットが家庭にまで入る時代に、人に寄り添って暮らす時代にまで来たかと。
時間の問題だったが、いざそういう社会が近づいてみると何やらもどかしい気もしてくる。
「ん~、この子はオッケー!」テストルームにあるイスから伸ばした両手が現れる。
背もたれが大きく倒れ、上下が逆になったしかめっ面の女性の表情からは、声を発さずとも「めんどくさい」と聞こえてくるようだ。
「はぁー。なんでAIが自分で全部やってくれないんすかねぇー」
「リンちゃんもこっち来てお茶飲むか?全自動栽培ものの茶葉一〇〇%だぞ」
 青々とした美しい茶畑をバックに、名前は忘れたが若者に人気のタレントがお茶を飲んでいる広告がドリンクサーバーに表示されている。
昔、四~五〇人くらいのアイドルグループが好きだったなぁなんて思いながら見ていると、すぅーとガラスのドアがスライドして開く音がした。
「もー!休憩!タカさん、一〇分くらい外します!あ、お茶もらっていきまーす!」
「はは、一緒にお茶しようと思ったら振られちゃったか」
「さーてと、次はどの子かなっと!」
 休憩から戻りお茶が入っていたタンブラーを傍らに置く。
イスの背もたれを元の位置に戻して両頬を軽く叩く。
テストルームにはまだまだ多くのロボットの個体があるという現実を前に自らを奮い立たせると、火が入ってないロボットの空虚な目と再び向き合う。
「防水防塵耐衝撃試験の問題はなし。家事一般の動作テストの挙動も問題なし。人類の心理・会話・行動データパックも最新型をインストール済み、と」
 すでにAIによる製造ライン監視をくぐり抜けてきた良質の個体だ。
そんな粗は見つかるはずも無い。だが、生活に密着するロボットだ。
何かあったらまたロボットに対する批判が噴出するかもしれない。
こんなに便利でありがたい存在なのに使いづらくなってたまるかと思えば、それなりに真面目に取り組む気になれる。
 認証を受けた製造工場のテストルームにしかない特殊なシステムでないと、AIロボットのメンテナンスモードは立ち上げることができない。
休憩前まで何度となく繰り返してきた動きと同じように、正確かつ効率よく出荷前の従業員テストモードの行程を進めていく。
「おはよう。わたしはリン。テストモードの間の数分間だけの付き合いだけどよろしくね」
「おはようございます。私はFDシステム社製多機能対話型学習AIロボット製造番号DPSI 5735です。よろしくお願いします。リンさん」
「うん。ちゃんと認識できているみたいね」
 世にある対話型ロボットにはみんな固有の名前が付けられている。
利用されている現場ならば各々の名前を名乗るだろう。
購入後に必ずユーザーが設定することになっており、ユーザー(または家族、企業であれば管理担当の職員など)の声で命名してもらう。
ユーザー登録のようなものだ。今はテストなのでこういう名乗り方になるのだが、いかにもロボットっぽい一面を見ている気がして、
このモードを設定した人は昔のSFが好きなんじゃないかと思うことがある。
現に、昔の映画でよく見た金色の翻訳ロボットと同じ名前を設定した年配の方を複数人知っている。
憧れが現実になってうれしいのはわかるが、クラシック映画の設定じゃこの時代の子供達には受けないかもしれないな。
 動作確認テストとはいえ、ただ動かすだけではもったいない。
何かやってもらおう。
手元のデバイスに表示されているテスト実施要領には「こんな問いかけをしてみましょう」という記載の下にごくごく基本的な動作を要求するような質問が並んでいる。
「そこのソース取ってくれないか?」というのもあるが、さすがにコロッケ定食を食べながら仕事をする程熱心ではない。
というか、何だこの質問は。マニュアル作成者のロボットのイメージがわからないし、テストの現場をどこだと思っているんだ。
「もー!こんなしょうもないこと書いてあるんだからまったく」
「お疲れのようですね。タンブラーにお茶のおかわりを入れてお持ちしましょうか」
さすが、というかもはや当たり前だが、私の表情や言葉、目(カメラ)に入る映像から得られる情報から提案してきた。
これができればテストは問題ないだろう。
「緑茶にはテアニンというアミノ酸の一種が多く含まれていまして、リラックス効果や疲労回復にも」
「わかったわかったわかった!ありがとう!お願いするわ」
「かしこまりました」
「タカさーん、本日分のチェック終わりでーす。私はもう出るので、何かあったらメッセージ送ってください」
「はい。お疲れ様―」
 ロボットがお茶をドリンクサーバーに取りに来たのは何時間前だったか。
気がついたら終わったようだ。
テストルームのライトが消え、リンはコートとバッグを小脇に抱えながら部屋を出て、足早に自動運転バス乗り場に向かっていく。
小学生のやんちゃな子供が可愛くて仕方ないらしい。
 デバイス片手に子供にメッセージを送るリンが出て行くのを見送ったあと、ふと、休憩前のリンの愚痴が頭をよぎる。
「全部AIがやる世界か 」
 平成の時代が終わってから何年が経っただろうか。
かつては自分もAIやロボットが普及する礎を築くために汗をかいたものだ。
確かに技術は目覚ましいスピードで進化した。
例えば、今勤めている工場のような製造ラインの仕事はロボットが作業に当たっている企業がほとんどだ。
なにせ、製品のエラーや従業員の事故が圧倒的に少ない上に作業も早い。
 これから出荷されるAIロボット達もどこかで誰かの生活の助けになるだろう。
ロボットに限らず、AI制御による各分野の自動システムのおかげで人間の暮らしは大きく変わった。
やろうと思えば世の中の出来事すべてAIが管理する時代も空想の世界の話ではない気がする。
「でも、最後の最後に、責任ってやつだけは相変わらず人間にあるんだよなぁ」
 何かを思い出すように少し顔を上げて、そして、目の前に浮かび上がっている「製造番号DPSI―5735」の最終テスト結果を確認し、承認を出した。 第一章 世界と
「面接は以上となります。結果は追ってお伝えします。本日はありがとうございました」
「Terima kasih banyak(ありがとうございました)」
 軽く息をつき、同席していた上司にもお疲れ様でしたと軽く会釈をした後、ふとオフィスを眺める。
(入社したときからは随分と変わったもんだ)
 ケンスケはそうひとり心の中でつぶやいた。労働力人口減少の解消策として、多くの企業が外国人労働者の積極的な雇用に踏み切った。
ケンスケの会社も国際色あふれる光景が広がっている。
外国人労働者の受け入れを加速化させたのが、自動翻訳技術の飛躍的向上だ。
義務教育以降の語学に真剣に取り組んでこなかったケンスケであったが、自動翻訳技術によって何不自由なくコミュニケーションをとることが出来ている。
「東アジアに、東南アジアに、中東に、アフリカと、あとそれから日本人」
 確認するように今日の面接者を指折り数えた。
面接の目的は、東南アジアでの通信インフラの整備プロジェクトに必要な人材を、プロジェクトリーダーとして採用することであった。
面接は、日本語を話すケンスケ、英語を話す上司、そしてそれぞれの母国語を話す面接を受けに来ていた人たちなどの様々な言語が飛び交うが、
翻訳デバイスを通すことで、タイムラグはほぼ無しに、あらゆる言語に翻訳される。
他にも、履歴書などの文書をカメラが付いたアイウェア越しに見れば、あらゆる言語に翻訳されてレンズに表示される。
さらに、多言語翻訳にとどまらず、バリアフリーを見据えた機能も搭載している。
聴覚に障害がある人には、相手が話した内容を、タブレット上に表示し、視覚に障害がある人には、音声で聞こえるようにすることも出来る。
まさに「あらゆる翻訳」である。
 ケンスケの勤める会社でも体の不自由な人が数多く働いているが、
会社の経営陣がVRで障害を持つ人々の世界を疑似体験することでオフィス内の問題点を洗い出しバリアフリーを徹底して進めてきた。
その結果、言語だけでなく、あらゆる場面で障害を持つ人々にフレンドリーな企業として世界的に有名になり、今では世界各国から入社希望のエントリーが届くようになった。
「よしっ。じゃああとはAI様にお任せしてっと」
 面接の所感を、業務用タブレットに保存し、AIによる分析も踏まえて採用可否を判断していくことになる。
ケンスケが就職活動をした時は、確認に確認を重ねるかのように採用プロセスがとられていたが、
今は面接用AIが登場し、評価の部分も担うようになることで、そうした確認作業はあまり意味をなさなくなり、随分と人事部門の働き方も変わった。
面接用の専門AIは何十万、何百万人もの人間と面接を重ねることで精度を高めている。
「お疲れさん。良さそうな人材はいたか?」
 自席に戻ると、隣の席には商品開発部で働く同期のアンディが陣取っていた。
ちなみにアンディは幼い頃から日本アニメに惹かれ、日本語が堪能であるため、ここでは「あらゆる翻訳」の活躍は不要だ。
「おう。現地の状況をよく理解していたよ。この人材たちは一体どこで、って上司も満足している感じだったよ」
「そうか、良い収穫がありそうだな」
 そう話す二人だが、周りは閑散としている。
会社に来なくても、遠隔でセキュアに仕事ができるようになってからというもの、通勤の手間を厭う勤め人は仕事の場を会社の外に求めた。
会社のスペースは大きく減り、出社した人間は部署問わず固まって席に着いている。
それぞれ出社の理由は様々だ。ケンスケは家庭以外にそこに行けば自分の居場所が用意されているという安心感が欲しかった。
気さくで人当たりが良いアンディは、会社に来て社員と会話することが楽しいそうだ。
 アンディは椅子に座ったままこちらに身を寄せてこちらと肩を組み、耳打ちしてきた。
「今日の昼、ユイと飯食べるんだけど一緒に行かねぇ?」
「久しぶりだなあ、ユイ。行く行く。場所は?」
「この前AIが拾ってきた記事に載ってた店。美味いらしい」
「分かった」
 昼休みを知らせるチャイムが鳴るや否や、アンディと社外に飛び出す。
店の入り口で端末をかざし、店内に入ると、奥のテーブル席にはユイが先に座っていた。
「よっ、『社畜』諸君、元気にやってる?」
 人口減少の余波は外国人労働者の積極的導入だけでなく、副業の積極的な推進にまで及んだ。
自分の時間を切り売りして働く人も増え、企業人という概念も薄れつつある。
会社に残る同期も減った。ユイもそうした副業の割合が増えた結果、会社を辞めた一人だ。
「俺らは一人の人しか愛せないんだよ。な? ケンスケ」
「四〇過ぎて独身のお前に同意を求められたくねぇよ。ユイ、お前だって集団面接の時、『この会社の社風に惹かれました。』とか言ってたじゃねぇか」
「よくそんな昔のこと覚えてるね。だって、今の方が稼げるんだもん。さっ、ご挨拶はそれくらいにして、早速注文しよ。ここ私も来たかったんだ」
「今日のお勧めは?」
 ケンスケはテーブル上に置かれたスピーカーに声をかける。
「今日は大和鶏がおすすめです。魚は大分産のアジが入っています」
「んー、じゃあ肉の方で。ご飯は大盛りで」
 スピーカーにしゃべりかけたところ、ケンスケの個人用端末から女性の声がした。
「旦那様。最近不摂生な生活が続いておりますので、ご飯は普通にしてはいかがでしょうか?」ケンスケの個人用の端末に入っている自分用のAIが助言をしてくる。
「いいの、大盛りで」そう端的に告げる。
「うわー、ケンスケってば奥様いるのに自分のAIに『旦那様』って呼ばせてるわけ? ちょっと引いちゃうなー」
 ユイがふざけて軽蔑するような眼差しを向けてくる。
その様子をみたアンディもポケットから上機嫌な表情で自分の端末を取り出し、ひょろりとした体格で赤いジャケットを着た男性が映った画面を見せつけてきた。
どこかで見たことのあるキャラクターを真似して作られているようだ。

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